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少し幸福な奴隷が、少し不幸な奴隷をあざ笑って、偽りの安心感を得ている社会


 ■少し幸福な奴隷が、
 少し不幸な奴隷をあざ笑って、
 偽りの安心感を得ている社会

執筆 2022年 02月28日 


あえて 多くは語りませんが…


『「少し幸福な奴隷」が、
「少し不幸な奴隷」をあざ笑って、
「偽りの安心感」を得ている社会』



今の世の中は、
この一文で説明できることが
あまりに多い
ように思えて、

しみじみと 寂しい です。






たとえば
世の中全体の幸せを
10段階で見たとき、

この社会の大半を占める
「下から2か3ぐらいの幸福度の人々」同士 が、

必死になって
お互いを けなし合ったり、
足を引っぱり合ったり、
劣等感を感じたり




これらは
「社会の発展」「僕ら自身の幸福」
において、

ものすごく
無意味で 無駄というか、

「しあわせの本質」を 見失った言動
だと思うのです。






これが
「誰かのコントロール」なのか、

あるいは そもそも
「人間の本質」なのか、

それは 分かりませんが…






少し幸福な奴隷が、少し不幸な奴隷をあざ笑って、偽りの安心感を得ている社会


【下へ 続きます】



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