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人生・哲学
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『死』を考えると、『生』が見えてくる
■『死』を 考えると、
『生』が 見えてくる
執筆 2022年 02月05日
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「生きている実感が 感じらず、
なにか気力が わかない」
…
「ものすごく不幸というわけではないけど、
なぜか 幸せとも思えない」
…
もし あなたが、そんな
モヤモヤ
から
抜けられなくなっているのなら…
一度、トコトンまで
『自分の 死』
について
考えてみてほしいのです。
…いえ、なにも
「自殺の予定を立てろ」
と
言っているのではありません。
たとえば
『自分が 年老いて、
自然死するときのこと』
や、
『事故や 自然災害にあって、
自分という存在が無くなってしまう
状態や 世の中』
を、
考えてみてほしいのです。
なぜ、そんな事を
する必要があるのか?
それは、
『物事というものは、
表と裏がそろって、
はじめて1つの形になる』
からです。
「表だけの物」
「裏だけの物」
そんなものは、
この世に存在しません。
なのに人は、
『生』ばかりを考えようとし、
もう一方の重要事である『死』については
ほとんど 思い描こうとしない
ものです。
私たちも動物ですから、
最大の恐怖である『死』を
避けようとする本能
があり、
それが
「死については できるだけ、
具体的に考えないようにしよう」と
思わせている
のかもしれません。
でも、
それでは
『真理』は 見えてきません。
「死」を 直視
するからこそ、
相対的に
今の『生』の
価値が見えてくる
…
「自分の生」と「自分の死」の
両面を考える
からこそ、
『自分の本当の人生』が
立体的に認識
され、
『この命を どう運営するか?』も、
クッキリ具体的に見えてくる
のです。
誰にでも訪れる
「自分の死」
から目をそらさず、
それと真剣に向き合い 意識した
とき…
本物の『自分の生』も また、
深く自覚される
のではないでしょうか。
【下へ 続きます】
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